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230131 米国雇用状況分析

CBOE:SPX   S&P 500 Index
今のアメリカの雇用状況はどうなっているのか、気になり始めた人も多いのではないだろうか。
昨年からリセッションすると言われ続けていまだに正式には発表されておらず、前回発表された雇用統計でも失業率は3.5%と低水準。
私自身も消費の落ち込みから近い将来失業率が増えると数カ月前から予想し始めたが、雇用が強いという記事を見るたびに半信半疑になる。
そこで勉強もかねて米国雇用状況について調査してみることにした。
米国の雇用データについてはBLS(米国労務省労働統計局)がこれでもかと言わんばかりのデータをtradingviewに提供してくれている。
なお今回の記事ではこれという結論にたどり着くことはできなかった。そのため分析というより私自身のお勉強メモとしての色合いが強くなってしまったことは先にお詫びしたい。


■問1.今は米雇用が強いと言われているが、それはどういうことか?

1段目に失業率に関係する各種人口データを並べている。
まず失業率は以下の式であらわされる。

 失業率=失業者数/労働力人口(赤)=失業者数/(就業者数+失業者数)

就業者数(紫)と失業者数(水色)の定義はBLSのサイト【1】で確認できる。
※Tradingview無料会員のためリンクを張れないのが申し訳ない。

 就業者数:(survey reference week中に)給与所得者として少なくとも1時間働いた人。
 失業者数:①現在は就業していないが、②直近4週間で最低一度は求職活動をしている、③就業可能な者のこと。

つまるところ仮に解雇されてもすぐバイトを始めれば失業者ではなく就業者となる。
また逆に解雇された後、就活を1か月以上サボると失業者とすらカウントされなくなり、代わりに非労働力人口(青)となる。
これを踏まえると失業者は失業者というより(積極的な)求職活動者と訳された方が分かりやすいかもしれない。

(参考I)~~~
失業率は非労働力人口を加味したU6というカテゴリで見るべきだという意見もあり、多くの経済学者はU6を見ているようだ(一般の失業率はU3)【12】。
ただ図示するとつまらないことが分かる。単純にU3が上にシフトするだけである。そのため図は省略。
数学的に分母と分子に同じ数を足せば元の数より大きくなるのは自明であり、それをもって実際の失業率はもっと高いという主張に使うのだろう。

U1:15週間(3ヵ月)以上の失業者/労働力人口
U2:レイオフ等非自発的な離職で求職中の人のみ/労働力人口
U3: 全求職活動者/労働力人口
U4:(全求職活動者+求職意欲喪失者)/(労働力人口+求職意欲喪失者)
U5:(全求職活動者+縁辺労働者)/(労働力人口+縁辺労働者)
U6:(全求職活動者+縁辺労働者+経済的理由でバイトしている人)/(労働力人口+縁辺労働者)
全求職活動者=レイオフ・解雇など非自発的な離職(雇用契約期間の満了、倒産、リストラ、懲戒など含む)で求職中+自発的な離職(学校で学び直ししたい人や、起業したい人など)+働いてなかった人で求職活動を始めた人(初就活含む)
求職意欲喪失者:適当な仕事が見つからなくて職探しを諦めた人
縁辺労働者:家事や育児との兼業などで働けない人
~~~

直近では明らかに失業者数が減っている。ここには黒線のレイオフが含まれている。
最近ではGAFAMのレイオフのニュースがよく流れているが、黒線の値を見ると130万人以上の人が定常的にレイオフ・解雇されていることが分かる。
GAFAMの高々1万人規模のレイオフだけではこのグラフはびくともしないようだ。
なおこのレイオフ・解雇だけでなく求人数および採用数はBLSのJOLTSという事業所調査の結果であり、世帯調査で失業者数などを調査するCPSとは別の調査である。
文献【2】によるとJOLTSのデータはCPSのデータより小さくなるようであるため、両者の絶対値の比較はあまり信用しない方が良さそうである。そのため軸は分けている。
ただここで示している求人数が実際より小さいものだとすると、現状は失業者数に対してはるかに多くの求人が余っていることになる。
図では「(残)求人数」と表現しているのは、この求人数は「埋まっていない」求人をカウントしているためである【3】。
つまり出された求人広告に対して採用数の数だけ採用が決まり、それでも埋まらなかった残りの枠がここで表示されている求人数ということになる。
求人数は昨年3月ごろをピークとして下降し始めているが、失業者数が増えるためにはまだまだ枠が多すぎるようだ。

求人が多く余っているということは労働市場がまだまだ人手不足だということに他ならないが、なぜここまで人手不足なのだろうか?
BlackRockの調査【4】では高齢化が原因の一つだと言われている。これは2段目の労働参加率(年齢別)のグラフでそれらしい傾向を見ることができる。
なお米国での労働参加率は、BLS【1】で下記のように定義されている。日本の定義とは微妙に異なっている(参考III)。

 "The labor force participation rate is calculated as: (Labor Force ÷ Civilian Noninstitutional Population) x 100."

分母のCivilian Noninstitutional Populationは上述の労働力人口と非労働力人口の和である(参考II)。
55歳以上の労働参加率に注目すると、コロナ以降に不自然に下がったまま戻っていないのが分かる。これが高齢化が原因だと言われている所以である。
この減少分は非労働力人口を不連続に上昇させている。

それに対して労働力人口全体についてはコロナ前の水準に戻っている。
これも年齢別で見ると55歳以上のベテラン勢の退職が数値的には16-19歳の人員で補われていることが分かる。
ただ普通に考えてベテラン勢の業務を十代の若者が補えるとも思えないので、スキルの観点でも求人数が増えている原因になっているのかもしれない。

(参考II)Civilian Noninstitutional Population
日本では全く使われていない言葉のようで、一般的な訳は見つからない。一部の人に「文民人口【8】」や「施設に入っていない市民人口【9】」などと訳されている。
ここでいう「施設に入っていない」とは軍や刑務所、および介護施設で介護されていないという意味であり、これらの人口が引かれている。
また年齢範囲も16歳以上としか定義されておらず、上限はない。"There is no upper age limit."と明記されている【1】。

(参考III)日本語で労働参加率を検索すると「労働参加率=労働力人口/生産年齢人口」と出てくる。
非常に紛らわしが日本でいうところの生産年齢人口はOECD定義(Working age population:15歳~64歳の人口)にならっていることが多い【5】【6】【7】。
※さらに紛らわしいことに、失業者についてはILO(国際労働機関)の定義(15歳以上)にならっている【10】。
したがって日本の定義はアメリカ定義の"Civilian Noninstitutional Population"とは似て非なるものである。

初めの問に対してまとめると、雇用が強いとはコロナ直後に増えすぎた求人がまだ未消化ということである。
ただし非労働力の増分が全く戻っていないのに「雇用が強い」という言うのは疑問が残る。
失業者数のチャートに対してこれまでほぼ逆相関(コロナ直前を除く)で動いていることを見ると、このまま求人数の減少が続けば失業者数が増え始める条件にはなりうるだろう。
ただし波形のなだらかさを鑑みると、失業者の増加が目立ち始めるのは少なくとも半年くらいは先の話となり、しばらくソフトランディングの機運が高まるかもしれない。


■問2.インフレが厳しいなら経済的に働かざるを得ない人が増えるのでは?

まずインフレがどう厳しいのかというところから確認しておく。
単純に過去水準と比べて大きいから厳しいという言い方もできるが、賃金上昇率がそれより大きければ体感的にはそれほど痛くないだろう。
3段目にインフレ率に対して賃金上昇率の方が大きいところを赤塗、小さいところを緑塗で図示している。
過去50年を振り返ってもほとんどの時期において賃金上昇率がインフレ率を上回っていることが分かる。
直近では昨年7月ごろまで赤色が目立っているが、それ以降は両数値がほぼ同水準で下降中となっている。
少し前までは家計には響きつつも働いて入ればまだ何とかなるといった状態だろうか。
しかしついに賃金上昇率も鈍って焦りが生じてきたのか、2007年くらいの水準まで下がっていた貯蓄率(濃紫)が上昇し始めている。
本格的に節約し始めたシグナルなのかもしれない。

家計目線では賃金の上昇はありがたいことだが、企業にとってはただのコストである。
日本人の感覚で人件費を考えると、人を増やすより既存の社員に多く働いてもらった方が安くなる気がするのだがどうだろうか。
調べてみると日本では残業しても25%以上しか増えないが、アメリカだと50%以上増しとなるため人を増やした方が低コストなのかもしれない。
例えば1週間に必要なワーク量を80人日とすると

 従業員2人の場合:正規労働時間40h相当分x2+各種保険料等の会社負担分x2
 従業員1人の場合:正規労働時間40h相当分x1+残業40h相当分(給与x1.5)+各種保険料等の会社負担分x1=正規労働時間40h相当分x2.5+各種保険料等の会社負担分x1.数倍
 差 = -正規労働時間40h相当分x0.5+各種保険料等の会社負担分x0.数倍

となり、残業代分と会社負担分のどちらが多いかという話になる。
日本では残業代の増分が小さく交通費や保険料の会社負担が大きいため既存社員に多く働いてもらった方が低コストで、残業代がやたらと高く交通費も出ないアメリカでは逆なのかもしれない。

この残業代が発生するかどうかの分岐点は週平均労働時間が40hを超えるところである。
好景気の時は平均1~2h程度残業が増えているが、コロナ後にインフレが加速した2021年3月ごろから徐々に残業を減らされているようだ。
5割増し以上でもらっていた残業代も減らされれば、節約意識が高まってくるのも納得である。
ただし「ホワイトカラー・エグゼンプション」という制度があり、一部の専門職は労働時間の規定から除外される。
労働政策研究・研修機構の刊行物【11】を見るに、全労働者の約22%がホワイトカラー・エグゼンプション制度の対象となっているらしい。
とすると残り8割近くは残業代をもらえる人(ノン・エグゼンプト)ということになり大多数の企業で残業が減らされているということになる。
もし家計に余裕がないなら残業代も欲しいのではなかろうか?

もう少し家計的な余裕の有無を確認するため、4段目にパートタイム労働者のデータを示した。
それを見た理由はパートタイム労働者が大きく経済的理由・非経済的理由の2つの集合に分けられるためである【1】。
分け方は以下のようになっている。

・経済的理由(国の経済的)
  slack work(経済的、技術的、自然的な理由で活動が低下した企業が、一時的に従業員の勤務時間を短縮できる制度。)
  不利なビジネス環境
  フルタイムの仕事が見つからない
  季節的な需要減退

・非経済的理由(家計的理由)
  病気やその他の健康・医療上の制限
  育児問題
  家族または個人的な義務
  学校またはトレーニング中
  退職または社会保障制度による収入の制限
  フルタイム勤務が35時間未満
※このカテゴリーには、1時間から34時間働く経済的理由はあるが、フルタイム(35時間以上)で働きたくない、あるいはフルタイムで働けないという比較的少数の人々も含まれている【1】。

言葉を見る限り、経済的というのは経済循環的な理由という意味で、家計的という意味ではない模様。
子育てのために少しでもお金を賄うためのパートというのは、ややこしいことに非経済的理由にカテゴライズされらしい。
この人数がちょうど賃金‐インフレ差の逆転するあたりから再び増え始めているように見えるのは気のせいだろうか。
初めに示した就業者のグラフと比べると少しだけ様子が違うようだ。
ただしこの経済的・非経済的というくくりは電話調査でアンケートに答えることで分類される。
そのため全体の数が変わらない場合でも、アンケートで何と答えたかによってこれらはコロコロ入れ替わるので、その時々の回答者の気持ちを映しているといっても良い。
結局は全数で確認した方が安全だと思うが、全数のほうでもやはり再加速し始めているように見えなくもない。


家計が苦しくなってこれまで非労働力人口枠だった人がバイトした瞬間に就業者扱いとなる。
これは労働力人口を増やすことになり、失業者数はそのままにして失業率を押し下げる。
昨年まではこれはコロナが明けて労働市場に人が戻ってきたから良いことだとして報じられていたが、果たして本当に今の雇用は強いのだろうか?


■参考資料
【1】U.S. Bureau of Labor Statistics, "Labor Force Statistics from the Current Population Survey: Concepts and Definitions (CPS)"
【2】独立行政法人労働政策研究・研修機構, "第2章 アメリカ合衆国の状況 - 求人労働異動調査(JOLTS)の実施状況"
【3】U.S. Bureau of Labor Statistics, "Job Openings and Labor Turnover Survey: How does JOLTS define Job Openings?"
【4】BlackRock, "新たな投資のプレイブック - 2023 Global Investment Outlook"
【5】衆議院, "質問本文情報, 令和三年四月二十一日提出, 質問第一〇六号", 松原 仁
【6】日本経済新聞, "生産年齢人口とは 経済・社会保障支える", 2021年5月12日
【7】厚生労働省, "厚生労働全般"
【8】経済前提専門委員会, "第4回社会保障審議会年金部会: 諸外国における公的年金財政計算の前提としての労働力推計について",平成20年7月9日
【9】マネクリ, "米国は完全雇用を達成か!?~トランプ氏を支持した「忘れ去られた人々」~",阿部 賢介, 2017年8月1日
【10】総務省統計局, "参考(国際比較)"
【11】独立行政法人労働政策研究・研修機構, "労働政策の展望 ホワイトカラー・エグゼンプションの日本企業への適合可能性", 笹島 芳雄, 2016年4月25日
【12】Investopedia, "U-3 vs. U-6 Unemployment Rate: What's the Difference?"

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